債権回収と契約書・公正証書
取引の流れ
企業が新しく取引を開始する場合には、まず信用調査を行い、支払能力の有無を確かめます。信用調査をし、あらゆる角度から検討した結果、大丈夫ということであれば契約が締結されて取引が開始されるのが一般的な取引開始の流れです。
法律的には、「売ります」「買います」という意思の合致があれば、契約書がなくても売買契約は成立し、売主は商品を引き渡す義務を負い、買主は代金を支払う義務を負います。法律上は、特別な場合を除いて契約成立の要件として契約書の作成を必要としているわけではありません。
一般の取引では、買主が注文書を出し、売主が請書を出すことによって契約が成立した証拠とすることがあります。納品書などの買主のサインも同じです。取引先との関係が円満であり、債務の支払もきちんと行われていれば、契約書の作成が問題になることはありません。
債権回収における契約書の効果
契約書が威力を発揮するのは、取引を巡ってトラブルが発生したときです。ですから、契約書を作成する場合に大切なことは、取引先が、万一、契約不履行をした場合のことを考慮に入れて、契約条項を考え、損害がカバーできるような内容にしておくことです。
取引先が代金を支払わず、何度催促しても一向に債務の支払をしないという場合には、契約書を証拠として、裁判等の手続をとることになります。相手が債務を認めていれば支払督促を申し立て、話し合いをしたいのであれば調停を申し立て、債務について主張が対立しているのであれば裁判をすることになります。
契約書などの証拠はないが、証人がいるから大丈夫と考える人もいますが、証人は、必ずしもこちらの思い通りに話してくれるとは限りません。こちらの証人のはずが、相手に都合のよい証言をするケースもありますし、社会的な関係からこちらに有利な発言をすると考えられる人の証言は、証拠力が小さく評価されることがあります。
あくまで契約書はトラブル発生に備えて作成するもので、契約書を作成することが取引先に対して失礼になるとか、紛争が生じても話し合いで解決できると考える人もいますが、取引はビジネスですから、トラブルを起こしたくないから作成するということを伝えて契約書を作成しましょう。
特に、原材料の購入や特定商品の売買など、長期的かつ継続的に行われる売買契約に際しては、基本契約書を作成するのが一般的です。
契約書の条項を、債権回収の場面で活用できるかを検討しておきましょう。例えば、返済期日、期限の利益の喪失、担保権の設定、保証人の有無など、契約の中身に応じた債権回収策を考える必要があります。
契約書がない場合の債権回収トラブル
契約書が作成されない場合もあります。例えば、電話による注文がなされ、商品の受け渡しがあり、代金が支払われれば契約書が問題になることはありません。しかし、納期が遅れた、商品に欠陥品が混ざっていた、受取手形が不渡りになったなど、取引を巡ってトラブルが発生したときは、契約書が問題になります。
契約書がない場合でも、注文書、請書、受領書等の書類はもちろん、念書、覚書、確認書などのタイトルの文書でも、内容次第では契約成立の証拠となります。契約締結交渉の際の交渉メモやメールのやり取りであっても証拠となり得ます。また、電話による注文を受けた際にメモを作成しており、それに電話の相手、注文の内容、納期などが書かれていれば、証拠力は強いとは言えませんが、全く証拠にならないものでもありません。
このような証拠となるような書類が何もない場合には、内容証明郵便により売買代金の請求をして、相手方から返事をもらい、これを証拠にして裁判を起こし、債権回収に成功した例もあるようです。しかし、このようなケースはまれで、誰もが成功するわけではありません。普段から契約書を作成する習慣を身に着けることが望ましく、次善の策としては受領書など取引関係の書類をきちんと保管しておくことが大切です。
公正証書による債権回収
債務者が債務の一括支払ができないため、分割払を認めるなどの譲歩をした結果、新しい条件ならば支払に応じるというような約束ができれば、これまでの契約書を一段と効力のあるものにするために、公正証書にすることが債権回収によって有効な手段です。
公正証書は、私的な契約書などと違って、専門家である公証人が作成するものですから、証拠力が強くなります。公正証書は公証人役場に保管されますから、万一紛失しても証明に困ることはありません。すでに契約書がある場合も債務弁済公正証書を作ることができます。
公正証書が利用される最大の理由は、公正証書のもつ執行力です。一般に債権が回収できなければ、最終的には裁判で判決を得て、これに基づいて債務者の財産に対して差押えや競売などの強制執行をし、債権回収を図ることになります。判決などのように強制執行のできる文書を債務名義といい、判決のほか、調停調書、和解調書、仮執行宣言付きの支払督促などがありますが、公正証書も債務名義として認められています。
ただし、2つの条件があります。1つは、一定の金額の金銭の支払を目的とする請求であることです。金銭以外にも有価証券や一定の代替物(米、麦など)の給付を目的とする者もこれに含まれます。もう1つは、債務者が債務を履行しない場合には強制執行を受けることを認めますという陳述が記載されていることです。これを執行認諾約款(執行認諾文言、執行受諾文言)といいます。一般には「債務を履行しないときには直ちに強制執行を受けても異議のないことを認諾する」というように書きます。この記載があれば、公正証書に記載された一定額の金銭の支払について、強制執行を申し立てることができます。
公正証書を作成するには、公証人役場へ債権者と債務者が一緒に行って、作成を依頼(嘱託)することになります。事前の相談は一方でもできます。本人が行けない場合には、代理人に行ってもらうこともできます。
公証人は、長年法務に携わった裁判官、検察官、弁護士の資格を持った人の中から、法務大臣によって任命を受けた人です。
公証人役場では、まず本人確認がなされます。そのために、本人の印鑑証明書を持参します。なお、自動車運転免許証、パスポート、マイナンバーカードでも本人確認できる場合がありますので、事前に問い合わせてみてください。また、代理人に頼む場合には、本人から代理人への委任状と本人の印鑑証明書、さらに代理人の印鑑と印鑑証明書が必要です。
そして、公正証書に記載してもらう文書の内容を当事者で決めておきます。契約書があればそれを持っていけばよいですが、なければあらかじめ主要な点をメモしておきます。公証人役場では、内容が法律に違反していないかどうかをチェックしてくれます。
公証人役場の受付で公正証書を作成したい旨を告げると、公証人のところへ連れて行ってくれます。ここでは、希望する公正証書の内容を要領よく公証人に説明しなければなりません。公証人は、必要な書類の点検をした後で、当事者から合意の内容を聞いて、疑問点があれば質問し、その後に具体的な公正証書を準備してくれます。
内容が簡単なものであれば、待っていれば30分程度でできるものもありますが、別の日を指定されることもありますから、その日に公証人役場へ出向きます。指定された日に行くと、伝えた内容をすべて書き込んだ公正証書の原本ができあがっており、公証人がこれを読み聞かせ、当事者の閲覧が終わると、その原本の指示された箇所に当事者双方が署名押印すれば手続は終了します。なお、作成された公正証書のうち1通は、公証人役場で保存されますので、当事者に交付されたものが滅失や焼失した場合でも安心です。
公正証書に基づいて強制執行するには、公正証書が相手に送達されていることが必要ですので、送達も忘れずにしておきましょう。実際に強制執行する場合には、送達証明書や執行文が必要になりますが、強制執行する前に準備すればよいです。これに対して、送達を強制執行の前に行うと、こちらが強制執行の準備に入ったことが相手に伝わってしまいますので、公正証書を作成した際に送達までやっておくべきだと考えます。
公正証書の作成費用
公正証書の作成費用は、公証人に支払う公正証書作成手数料だけです。一般の契約の場合だと、次のとおりです。
目的の価額
(例:貸借の金額、売買代金×2の額) |
手数料 |
100万円まで | 5,000円 |
200万円まで | 7,000円 |
500万円まで | 11,000円 |
1,000万円まで | 17,000円 |
3,000万円まで | 23,000円 |
5,000万円まで | 29,000円 |
1億円まで | 43,000円 |
3億円まで | 43,000円に超過額5,000万円までごとに13,000円を加算した額 |
10億円まで | 95,000円に超過額5,000万円までごとに11,000円を加算した額 |
10億円超 | 249,000円に超過額5,000万円までごとに8,000円を加算した額 |
送達 | 1,400円(別途郵便料実費額) |
送達証明 | 250円 |
執行分の付与 | 1,700円 |